一ギタリストの訃報と、インスト音楽の有り様を想う。

ミュージシャンの訃報について触れることほど、

胸が痛くなることはないなと常々思うわけですけど・・。

つい先日、一人のアーティストがまた鬼籍に。

フュージョン/Smooth Jazz系ギタリスト、チャック・ローブの訃報。

若年多感の頃、夢中になって聞いていたジャンルやそのアーティスト達・・

時を経て皆年齢が積み上がり、順序的にいっても少しずつ消えてゆくのは世の定め・・

ということはわかっていても、やはり辛いものがあり。

個人的にもかなり感化されたジャンルの一つでもある「フュージョン系」。

世代的にも、中心を成して来たアーティスト達が一人二人と天に召され、

否が応にもその事実にもう目を伏せることが出来ず、華やかしき時代の記憶や感覚は、

どんどんと遠くなりゆくことを実感するわけでもありますが・・

しかし一方、その後に新たなスムースジャズという名称・区分が出来上がって以降の

アーティスト達は、総じてフュージョン系のアーティスト達の次の世代・・

というと少し語弊はあるけれど、まあ彼らよりも若いアーティストが多い、

と言っても過言じゃないと思われ。なので、彼らは総じて今乗りに乗ってる時期に居るといえ、

まさにバリバリ元気な世代でもあると。

そんな中でのこの訃報。

61歳ということなので、彼はバリバリ若い・・とまでは言えないものの、

この年齢自体今や別段ご老体でも何でもなく、円熟期に入りかけた・・

と言っていいだろうと思うわけで。

年代からして、スムースジャズの分類が出来上がってからの人というよりも、

フュージョン時代と被りながら活動して来た人なので、その点で「新世代」とまでは

微妙に言えないけども、精力的に作品をリリースしたり、有名所のミュージシャンらとの

セッションやレコーディング活動域は、まさにスムースジャズの分類が出来上がって以降で、

その勢いは直近まで絶え間なく続いていた人。

プレースタイルは、前衛的雰囲気にはない、ガリガリと攻めまくるタイプじゃなく、

まろやかで伸びのある音を奏でる、まさにスムースジャズにある特性にピッタリとも言える。

けれども、単に「雰囲気」だけに加担したり、イージーな心地よさだけを誇張したりといった、

このジャンルにありがちな傾向に染まってるとも言えず、ジャズのベーシックな奏法、

あるいは地味ながらも基礎がしっかりとしていて、かつてのフュージョンの中にあった

ある種の独創性や個性というものを、合間合間に感じさせるプレイヤーでした。

近年では、ハービー・メイスン、ネイザン・イースト、ボブ・ジェームスによるユニット

「フォープレイ」の3代目ギタリストに起用され、新たな船出をしましたが、

ユニットが醸し出す「芳醇な香り」という主題にあって、初代のリー・リトナー

二代目のラリー・カールトンから受け継がれる、その重要なテイスティングのほどは

しっかりと継承されており、フォープレイの世界観を歪めることなく

忠実に繋いで来たのは間違いない所。

何よりも、メンバー各々にある技術力の高さの中にあって、彼らと対等に奏でられるのだから、

相当な演奏技術力を持っている証。

ソロ名義のアルバム群も同様に、全体的に控えめな音やプレイの印象が強いので、

その点では強烈な印象を基にした、「凄腕ギタリスト」として名を売るタイプでない分、

ジャンルによる市場の席巻度合いも相まって、べらぼうに著名と言うほどでもなかったかと。

それでもフォープレイでの来日公演や、単独バンドでの来日公演など、

地味ながらも結構コンスタントにライヴ活動を行い、案外ファンを持ち認知が成されていた人。

その意味でも、まさに走ってる最中の人だっただけに、またジャンル自体も

フュージョンブームのような降下状態を辿ってるわけじゃない分、年齢的な部分での

何とも早過ぎる感と、ジャンルの中での一線を張る人という点でも、

まだ逝くには早過ぎるだろう感で一杯・・。

それはそうと、「Smooth Jazz」というカテゴリーが出来、

フュージョンという括りは些か古くて、現世代感覚としては馴染みが薄くなっている・・

とも言えるわけで、かつてのフュージョン系アーティストと共に、

以後出現し今に至る世代〜アーティストは皆が端からスムースジャズ系ミュージシャン・・

として認知されているのが実情かなと。

このジャンル、かつて日本で隆盛を極めたフュージョンブームの下火以降、

90年台に拠る音楽ジャンル全般の混迷時期を挟んだこともあってか、

どうにも日本では市民権を完全に得るまでには至らずで、

あれだけフュージョンムーヴメントの下地があったにもかかわらず、

浸透度や新たなムーブメントは、ここまで相当の年月を経ているにもかかわらず、

殆ど隆盛の兆候を見せずに至っている・・かと。

ところが、アメリカ市場を中心に見ると、主要のポップスやロックと同等とは言えないものの、

しっかりと確立され人気の高いジャンルとして市民権を得ているわけで・・

海外発のネットストリーミングラジオ辺りを見ても、スムースジャズ専門チャンネルの数が

実に多く、それだけニーズがあることを示すものでもある。

つまり、アダルトコンテンポラリーやソウル系の作品等を擁しながら、

「大人が大人の感覚で楽しめる音楽」として、市場の一角を構築していることが伺えると。

にもかかわらず、日本では全然と言っていいほどの状態にあるのは、

ひとえに日本のレーベル・・洋楽部門全体が、かつてのように真剣なプロモーションセールスを

講じる気がなく、乱暴に言えば「カネになりにくいジャンル」には手を出さない傾向が、

この辺りに滲んでいるように思えるわけで。

じゃあホントに日本でニーズはもうなく、カネにはならないジャンルなのか・・!?

正統なジャズのジャンルが、ボーカルものやボサノバ、ワールドミュージック等々の要素と

融合したりしながら、元々狭く厳しい条件ながらもその時々のニーズを作り、

あらゆる模索を経て息をし続けようという動きが観られるのに比べて、

フュージョン系のインスト音楽は、日本人プレイヤーの層一つ取ってみても

全体的に「紡がれている」といった様相にはあまりなく・・

確かに、スムースジャズそのものを真正面から捉えると、

かつてのフュージョンから比べて総体的に“軽い”というか、下手すればスーパーのBGM的な、

チープささえも感じさせる楽曲が少なくない、その辺が関係するだろうことを一つ想像は出来る。

だけど、その中から良質なものをチョイスし、アメリカのようにアダルトコンテンポラリー系の楽曲と

兼ね合わせた上で、「大人のための大人の音楽」という打ち出し方をする余地は

十分あると思うし、“パッケージ”として市場の中に構築し、インスト音楽の需要を

掘り起こせる可能性は、どうであれジャズ市場にある現実性と、

かつてはフュージョンブームが起こった土地柄を考えた時、きっかけを巧く提供出来れば

再びムーヴメントは構築可能だろうと思うわけで。

その辺りの不満やフラストレーションをずっと持って来たのだけど、

再度の活性化がこの日本で成される前に、彼のような有能なアーティストが広く認知されぬまま、

ひっそりと天に召されていくかの如き様相は、この系統の音楽を愛聴する一人としても

実に寂しいというか、何とも勿体無い感覚が拭えないでいますねぇ・・。

では、手持ちのアルバムから追悼の1曲を・・。

猛暑の夕暮れ時に、涼しい風を呼び込むべく・・・

「Starting Over」

Rest In Peace...